おい、やめろ。 俺は驚きと怒りを抑えきれず声を荒げた。 突然、熱々のコーヒーが勢いよくかかってきたのだ。 ああ、すまんな。お前みたいな作業員は汚れた方が安心するだろう。 営業部長はうすら笑いとわざとらしい謝罪を口にした。 君は自分が何をしているかわかっているのか。 俺の問いかけに対し、彼は口元を歪めニヤニヤしているだけだった。 売金は熱処理が一番効くって聞いたから試したんだよ。 その態度には、自分が悪いことをしているという認識がまるでない。 しかし、彼が俺の正体を知った瞬間、顔色がみるみる変わっていった。 俺の名前は篠宮裕人、28歳。 大手メーカー、篠宮工業の開発部長をしている。 社長は俺の父、篠宮工造。 いずれは自分が後を継ぎ社長になると言われていた。 だが、それに甘んじるつもりはもうとうない。 今日も作業服を着て自分の足で現場に向かっている。 社員と同じ目線で話し、現場の空気を肌で感じるためだ。 これは、仕事の本質は現場にあるという俺の信念の現れでもあった。 今、俺が任されているのは、新商品の開発プロジェクト。 新たに100億円規模の製造ラインを増設するよう、社長から指示されている。 篠宮工業の未来を左右する重大な案件だ。 その商談のために、俺は業界でも名の知れた、 街道精密の本社へと向かっていた。 本社ビルは都内の一等地に堂々とそびえ立ち、 その存在感は圧倒的だ。 受付で社名を伝え、案内された会議室へ向かう途中のことだった。 「やめてください。」 突如廊下に響き渡った悲鳴のような声。 ただ事ではない空気に、思わず足を止めた。 声のする方へ目をやると、給頭室の中で若い社員が、 上司と思わしき男から激しく叱責されている。 若手社員は近藤さとし、25歳。 怒鳴っているのは、街道正明、44歳。 街道精密の社長の息子で、現在は営業部長を務めている人物だ。 「何度言ったらわかるんだ。この計画書は使い物にならない。 無能め。お前は会社のゴミなんだよ。」 そう叫ぶと、街道部長は、近藤の作ったと思われる資料を、 その場で破り捨てた。 「ちょっと待ってください。これは何度もお伝えしている通り、 相手企業の要望を踏まえたものです。」 「はあ? 俺に口応えする気か。 だからお前は取引先に舐められるんだよ。」 給頭室の奥にはオフィスフロアが見え、 部署の社員たちの顔が見えた。 あれだけの怒声が響いているにもかかわらず、 誰一人止めに入ろうとはしない。 社員たちはまるで何も聞こえなかったかのように、 暗い表情で、ただ黙々と作業を続けている。 街道部長はさらに声を荒げ、破り捨てた計画書を 無造作に靴で踏みにじった。 そしてその瞬間、近藤の胸ぐらを掴んだかと思うと、 激しく左右に揺さぶる。 その衝撃で近藤の眼鏡が外れて床に落ちた。 だがそれすらも気に留めず、 街道部長は容赦なく罵声を浴びせ続ける。 「おいこの無能が、給料泥棒め。 ちょっと待ってください。」 あまりに一方的で理不尽な光景に、とうとう俺は黙っていられなかった。 気づけば給湯室へ踏み込み、二人の間に割って入っていた。 お前誰だ。 街道部長が鋭い目でこちらを睨みつける。 その言い方はあまりにもひどすぎます
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事故で入院。じゃあ、クビにしとくから、一生休んどけよ。 俺が部長に電話して状況を伝えると、彼は心配するどころか、バカ笑いしていた。 いやぁ、窓際社員はこの会社に必要ないからね。もう明日から来なくていいぞ。 わかりました。 彼にとって俺は捨て駒の一人なのだろう。 俺は部長の言葉を受け入れ退職へ。 この一件を機に、彼は自分の立場を追われることになるとは、まだ知るよしもなかった。 俺の名前は佐々木健二、32歳。大学を卒業して上京。 狸株式会社に入社してから、今年でちょうど10年になる。 今は総務部に所属しているが、地味な見た目のせいか、周囲からは使えない男とみなされ、任される仕事は誰にでもできるような雑務ばかりだ。 この資料、倉庫に運んでおいてくれ。 そう言ってきたのは、霞津義、48歳。名門大学の出身でプライドが高い。 はい、わかりました。 俺は言われた通りに資料を抱え、倉庫へと運ぶ。 そんな俺の背後からは、霞部長の声が聞こえてきた。 いい歳して雑用しかできないなんて、佐々木は総務部の鬼物だ。 その言葉に森川がすかさず応じる。 本当ですね、佐々木さんって、いてもいなくても同じって感じ。 森川綾乃、24歳。肩までカールした髪が印象的な美人。上司に取り入るのが得意だった。 そんな二人の横で別の社員が言った。 でも佐々木さんって、誰よりも早く出社していますよね。 その一言に森川は首をかしげる。 確かに、そんなに早く来て、何してるんだろう。 霞部長は顔をしかめ、不機嫌そうに吐き捨てた。 使えない奴はどんなに早く来たところで、結局は役に立たんよ。 倉庫に着いた俺は資料を脇に置き、思いその扉を開けた。 中は案の定、散らかり放題。年度始めはいつもこうだ。 床には段ボールや書類が無造作に置かれ、足の踏み場もない。 俺は深く息を吐いて周囲を見回し、抱えていた資料を決められた棚へ静かに置いた。 その日の夕方、営業部の斎藤がやってきた。
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母親の介護で出社できない? 馬鹿は言い訳ばかりいっちょ前だな。 俺が部長に電話をすると、笑いながら罵倒してきた。 だいたい、お前みたいな窓際社員は この会社に必要なかったんだ。 せっかくだから、やめていいぞ。 ああ、そうですか。それでは、 部長は人を見る目がないのだろう。 そして俺がいなくなったことで、 この会社は今まで類を見ない大事件が発生し、 部長は今の地位を失うことになる。 俺の名前は黒田俊、30歳。 不動産会社、極高リアルエステートの 総務部で働いている。 正確には総務部兼ホームサポートだが、 実質は何でもやだ。 朝はいつも一番乗り、誰もいないオフィスで 昨日までに溜まった仕事を片付ける。 今日も真っ先に出社してデスクに向かっていた。 賃貸契約の更新書類、売買契約書の重要事項説明、 観光庁への提出資料。 一つずつ丁寧に確認し、間違いがあれば修正する。 そんな地道な作業の繰り返しだ。 ここの住所、地盤と住居表示が混同されてるな。 指先で軽くタイプし、データを修正する。 不動産取引では、わずか一文字の誤りが数百万、 時には数億円の損失につながることもある。 だからこそ俺は細部までしっかりと目を通す。 時計を見ると8時半。 そろそろ他の社員たちが来る時間だ。
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なんで中卒がこの会社にいるのよ。 お願いだから、今すぐ消えてちょうだい。 社長代理の綾部玲奈は、俺の学歴を知ると顔色を変えて侮辱してきた。 今時、学歴は関係ないかと、それに私には任されている案件がございまして。 俺の反論に対して、彼女はただただ呆れているだけだった。 情けない言い訳は聞き飽きたわ。社長命令であなたを辞めさせます。 そっちがその気ならいいか。 こうして俺は辞表を提出し、会社を後にした。 彼女が笑っていられるのは今のうちだろう。 学歴だけでは測れない。俺の本当の姿を知った彼女は、ガクガク震い出すのだった。 俺の名前は石川尚人。35歳。中卒。 学歴なんて、中卒。世間的には負け組だと思われるだろうが、俺は何一つ気にしていない。 人脈と現場の経験だけは誰にも負けない自信がある。 大企業青井グループに入社したのは今から3ヶ月前のこと。 普通なら門前払いのこの会社に特例で採用された。 その日、受付を通り抜けエレベーターで30階へ、光り輝くオフィスに一歩踏み入れると、 異質な存在に気づいた社員たちの視線が一斉に俺に向けられた。 それはまるで、動物園の珍獣を見るような目だった。 こちらが本日から営業分に配属される石川尚人さんです。 よろしくお願いします。 広いフロアに響く俺の声に、誰一人反応を示さない。 ただ、小さなざわめきと、冷ややかな視線だけが返ってくる。 そりゃそうだ。 この会社は一流大学出身者だらけ、学歴社会の象徴みたいな場所だ。 そんな中、俺のような中卒が入社するなんて、前代未聞の出来事。 誰もが、なぜ?という疑問を抱いて当然だろう。 人事部長に案内され、営業部の一角に設けられた自分のデスクに向かう。 周囲の視線が痛い。 「では、石川さん、ここでお待ちください。営業部長の桐谷さんがすぐに来られますので。」 そう言い残して人事部長は去って行った。