「また家族を言い訳に仕事をさぼるのか。もう、お前はあしたから来なくていいぞ。」 上司の堂島に相対の申し出をすると、彼はなぎくわぬ顔で、そう言い放った。 「空気みたいな男だしな。いてもいなくても、会社に影響はないんだよ。」 堂島から見たら、「俺はただの雑用係りなのだろう。そっちがその気なら。」 「わかりました。では、こちらを。」 俺は退職届を渡して、この会社を後にした。 最後までにやついていた堂島だったが、彼は俺を手放してしまったことで、 まさか自分の首を絞めることになるとは思いもしなかっただろう。 俺の名前は青柳拓真。総務部に所属して三年目の社員だ。 肩書は総務部一般職だが、実際のところは雑用係りと呼んだほうが正確かもしれない。 少なくとも、うちの部長堂島はそう思っているようだ。 「青柳、コピー機のトナーが切れたぞ。さっさと交換しろ。」 部長の堂島誠。 四十代半ばで口が悪く、俺に仕事を押し付けるのが日課になっている男だ。 「はい、すぐやります。」 「それと、午後の会議資料、五十部コピーしておけ。あと、議事録も頼む。」 了解しました。会議にも呼ばれないのに議事録だけ頼まれる。いつものことだ。 廊下に向かって歩き始めた俺の背中に、部長の声が追いかけてくる。 「まったく、お前に大事な仕事は任せられないからな。」 そんな言葉にも慣れた。別に気にしてないし、実際のところ、俺は裏で結構重要な仕事をしている。 会社のシステムトラブルを未然に防いだり、他の社員が作った書類のミスを密かに修正したり。 でもそれを言うつもりはない。俺は静かに廊下を歩きながらスマホを取り出した。 昨日、総務部のサーバーにエラーが出ていたから、早めに修正しておこう。 また古いファイルのパーミッションが変わってるな。こういうの、誰も気づかないんだよな。 コピー用のトナーを取りに行く途中、同期の坂口とすれ違った。 「よう、青柳。今日も雑魚か? 楽でいいな。」 「ああ、まあね。」 坂口博。 入社は同期だが、道島に取り入って出世街道をひた走っている。何かあると。 それは青柳の担当だろうと、俺に仕事を押し付けることが多い。 昨日の飲み会、なんで来なかったんだよ。 部長も、あいつは同期の輪に入る気がないって言ってたぜ。 ごめん、ちょっと残業が。 いっつもそれ。 まあいいや。お前は雑用だけやっていれば楽だもんな。 そう言って彼は笑いながら去って行った。 実際は、昨日、部署共有のスプレッドシートが破損して、復旧作業で残業していた。 誰も気づいていないだろうけど、あれが直っていなかったら、今日の経費処理が全部止まっていた。 トナーを交換し、会議資料をコピーして、さらに午前中のうちに3件のシステムエラーを黙って直した。 昼休みは一人でデスクで弁当を食べながら、来週の役員会議用の資料をチェック。 明らかな数字の誤りを見つけて、密かに修正した。 午後、人事部の宮田霞が書類を持ってきた。 青柳さん、この申請書の処理ってどうすればいいかわかりますか? システムにエラーが出て。 ああ、それなら。 俺はさっと画面を見て、エラーの原因を説明した。 宮田は真面目に仕事をする人だから、堂島や坂口のように俺を見下すようなことはない。 それどころか時々俺の仕事ぶりを見て、うすうす何かに気づいている節がある。 ありがとうございます。本当に青柳さんがいると助かります。 いや、大したことじゃないですよ。俺が社内システム唯一の管理者だと知らず、母の介護のため長期休暇の相談をすると部長「クビにしとくから頑張れ!」俺「わかりました」即退職し、部長を着信拒否した結果ww
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事故で1ヶ月は出社できない? どうせお前は無能なんだから退職しろよ。 俺が会社に電話をすると、部長は心配するどころか、笑いながら罵倒してきた。 部長、お言葉ですが、私が抜けて本当に大丈夫でしょうか? おいおい、役立たずの平社員のおっさんがいらくられば、人件費削減になってむしろ助かるぞ。 そうですか。では、望み通り退職した翌日、俺がいない会社では今までに類を見ない大問題を起こし、部長は絶望することになる。 俺の名前は桐島達也。 35歳。産業建設という中堅建設会社の総務部に所属している。 会社では、ああ、桐島か。程度の扱いで。地味な雑用係りというのが定評だ。 朝日がまだ昇り切らない午前7時。オフィスには誰もいない。 だが俺はいつものように出社し、パソコンの電源を入れる。 画面が起動するまでの間、昨日届いた工事現場からの図面を机に広げる。 また修正箇所があるな。赤ペンで問題点をチェックしながら、頭の中で解決策をシミュレーションする。 図面の寸法ミスは、ただの計算間違いだけじゃない。 これが、行政提出書類に反映されると、プロジェクト全体に影響する。 キーボードを叩く音だけが静かな空間に響く。 観光庁提出用の建築確認申請書を修正し、倉庫の建材リストも更新。 誰も見ていないところでこそ、俺は本領を発揮する。 種類からは雑用係と見られているが、実は建築図面から法規制、在庫管理システムまで、 この会社の裏側を全て把握しているのは俺だけだった。 時計が9時を指す頃、エレベーターの音が聞こえてきた。 そろそろ他の社員たちが出社する時間だ。 急いで手元の書類を整理する。塩野谷部長が一番に姿を現した。 48歳。プライドだけは一人前の総務部長だ。 お、桐島。また早いな。何やってる。 おはようございます。 昨日の工事写真データの整理をしていました。 はぁ?大した仕事もないのに早出して。余計な残業代かけるなよ。 にがにがしい表情で言い放ち、自分のデスクへと歩いていく。 すぐ後からやってきたのは同じ総務部の木村葵。
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事故で入院。じゃあ、クビにしとくから、一生休んどけよ。 俺が部長に電話して状況を伝えると、彼は心配するどころか、バカ笑いしていた。 いやぁ、窓際社員はこの会社に必要ないからね。もう明日から来なくていいぞ。 わかりました。 彼にとって俺は捨て駒の一人なのだろう。 俺は部長の言葉を受け入れ退職へ。 この一件を機に、彼は自分の立場を追われることになるとは、まだ知るよしもなかった。 俺の名前は佐々木健二、32歳。大学を卒業して上京。 狸株式会社に入社してから、今年でちょうど10年になる。 今は総務部に所属しているが、地味な見た目のせいか、周囲からは使えない男とみなされ、任される仕事は誰にでもできるような雑務ばかりだ。 この資料、倉庫に運んでおいてくれ。 そう言ってきたのは、霞津義、48歳。名門大学の出身でプライドが高い。 はい、わかりました。 俺は言われた通りに資料を抱え、倉庫へと運ぶ。 そんな俺の背後からは、霞部長の声が聞こえてきた。 いい歳して雑用しかできないなんて、佐々木は総務部の鬼物だ。 その言葉に森川がすかさず応じる。 本当ですね、佐々木さんって、いてもいなくても同じって感じ。 森川綾乃、24歳。肩までカールした髪が印象的な美人。上司に取り入るのが得意だった。 そんな二人の横で別の社員が言った。 でも佐々木さんって、誰よりも早く出社していますよね。 その一言に森川は首をかしげる。 確かに、そんなに早く来て、何してるんだろう。 霞部長は顔をしかめ、不機嫌そうに吐き捨てた。 使えない奴はどんなに早く来たところで、結局は役に立たんよ。 倉庫に着いた俺は資料を脇に置き、思いその扉を開けた。 中は案の定、散らかり放題。年度始めはいつもこうだ。 床には段ボールや書類が無造作に置かれ、足の踏み場もない。 俺は深く息を吐いて周囲を見回し、抱えていた資料を決められた棚へ静かに置いた。 その日の夕方、営業部の斎藤がやってきた。
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おい、やめろ。 俺は驚きと怒りを抑えきれず声を荒げた。 突然、熱々のコーヒーが勢いよくかかってきたのだ。 ああ、すまんな。お前みたいな作業員は汚れた方が安心するだろう。 営業部長はうすら笑いとわざとらしい謝罪を口にした。 君は自分が何をしているかわかっているのか。 俺の問いかけに対し、彼は口元を歪めニヤニヤしているだけだった。 売金は熱処理が一番効くって聞いたから試したんだよ。 その態度には、自分が悪いことをしているという認識がまるでない。 しかし、彼が俺の正体を知った瞬間、顔色がみるみる変わっていった。 俺の名前は篠宮裕人、28歳。 大手メーカー、篠宮工業の開発部長をしている。 社長は俺の父、篠宮工造。 いずれは自分が後を継ぎ社長になると言われていた。 だが、それに甘んじるつもりはもうとうない。 今日も作業服を着て自分の足で現場に向かっている。 社員と同じ目線で話し、現場の空気を肌で感じるためだ。 これは、仕事の本質は現場にあるという俺の信念の現れでもあった。 今、俺が任されているのは、新商品の開発プロジェクト。 新たに100億円規模の製造ラインを増設するよう、社長から指示されている。 篠宮工業の未来を左右する重大な案件だ。 その商談のために、俺は業界でも名の知れた、 街道精密の本社へと向かっていた。 本社ビルは都内の一等地に堂々とそびえ立ち、 その存在感は圧倒的だ。 受付で社名を伝え、案内された会議室へ向かう途中のことだった。 「やめてください。」 突如廊下に響き渡った悲鳴のような声。 ただ事ではない空気に、思わず足を止めた。 声のする方へ目をやると、給頭室の中で若い社員が、